聖ラウレンチオ助祭殉教者

3世紀の「教会の宝の守り手」と称された聖人はスペインに生まれ、ローマ公教会に仕えた七人の助祭の中の一番最初の者だった。
当時の教皇シクスト2世に忠実に仕え、聖祭では教皇を助け、信者達に聖体を拝領させた。
また教会の財産を扱った。

当時ローマではヴァレリアヌス帝によってキリスト教が禁じられ、教皇と六人の助祭が斬首され殉教した。
教皇が連行される時、聖人は共に殉教出来ぬ事を苦しみ涙を流した。
教皇は言った。
「わが子よ、泣いてはいけない。お前は3日間のうちに私についてくるであろうから。」

聖人は自ら処刑場に向かい教皇と共に殉教する願いを申し出た。
4日間の猶予を与えられた聖人は、ローマ政府に教会の財産が没収される前にそれを貧者達に分け与えた。
その後ローマ政府が教会の財産目録の提出を迫ったが、聖人は貧者達を示し「彼らこそが我々の財産である。」と言った。

聖人は焼き網の上で焼かれて殉教した。
その際に「私の身体をひっくり返してよい。こちら側は十分に焼けた。」と語った。

258年8月10日帰天。

祝日8月10日。

ワイン製造者、料理人、貧者、火災、ローマの保護者。

 

<祈願T>

「ああ天主よ、彼の御身への熱烈なる愛によりて、聖ラウレンチオは忠実なる仕えを示し、かつ栄光に満てる殉教に達し給いたれば、我らが彼の愛し給うを愛し、彼の御教えを行わんことを助け給え。」

 

<祈願U>

「聖ラウレンチオよ、天主の愛の炎が我らの内の全ての悪徳の後跡を燃やし去り、貧者への仕えにおいて我らを熱心にして有用ならしめ給わん事を、我らのための祈り給え。

 

 

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