「いとも悲しみに満てる童貞、我らの為に祈り給え。」(Virgo dolorosissima, ora pro nobis.)
マリアの御悲しみへの信心は、常に公教信徒の望む信心でした。
それは聖なる公教会によって認可され、典礼祈祷文、聖務日課書にも導入されました。
聖母が御子と共にこの地上における御生涯の間、我々のために耐え忍び続けられた御苦難を我々の精神に
保ち続けるように、聖なる公教会はマリアの七つの御悲しみに光栄を帰し奉るために二つの祝日を定めます。
聖金曜日の前の金曜日と、9月15日です。
聖母は御悲しみの聖母への他の多くの信心と同様に、七つの御悲しみのロザリオを多くの免償をもって豊かになさいました。
聖母の数々の御悲しみのうちの七つは特別なる崇敬のために選ばれました。
聖なる公教会は我々の心に祝せられた童貞の御悲しみのうちの七つだけを思い起こさせます。
御母と御子の絶え間なき御苦難を数え出すことは出来ません。
聖母の最も大きな御苦難と試練はイエズスの御受難と御死去のその週でありました。
聖母の七つの御悲しみへの信心はシメオンの預言に始まり、御子の御死去と御葬りに終わります。
この信心は至聖なる童貞が御生涯を通じて耐えられ給うた御悲しみへの心からの同情からなります。
「ああわが祝せられた御母よ、我が御身の御心を貫きし剣は一つならず、我あまたの罪を犯せり。
ああ御母よ、そは潔白に在します御身にあらず、あまたの罪を犯せしわがために苦難は定められたれども、
御身はこれまでわがための大なる苦しみを甘んじ給いたれば、ああ御身の功徳によりて、わが罪に対する大なる嘆きと、
生涯の試みの下における忍耐を得させ給え。
しばしば地獄にふさわしかりしわがために、そは常にわが悪徳に比し光とならん。アーメン。」
・「いとも悲しめるマリア、キリスト信者の御母よ、我らのために祈り給え。」
(唱える毎に300日の免償/1906年6月27日 教皇ピオ10世認可)
・「いとも悲しめる童貞、我らのために祈り給え。」
・「愛、御悲しみ、御あわれみの御母よ、我らのために祈り給え。」
(300日の免償。1906年5月30日 教皇ピオ10世認可)
・「聖なる御母よ、わが心中における磔にせられ給うた救い主の全ての御傷を新たにし、
我を刺し貫き給わんことを。」(唱える毎に500日の免償。1934年8月1日認可)
「Sancta mater istud agas,Crucifixi fige plagas Cordi meo valide.」
・「我に御命(めい)を負わせ給え。ああ祝せられし御母よ。
十字架のはりつけによりて御苦しみをしのばしめ、わが心にしるし給え。」
(この祈りを、心よりの痛悔の念もて、七回の「天使祝詞」の各毎に唱える者に、一日に一度300日の免償。)
・「ああマリア、悲しみに満てる童貞にして、全キリスト者の御母よ、我らのために祈り給え。」
(300日の免償。1906年1月27日 教皇ピオ10世認可)
ハンガリーの聖エリザベトへの我らの主の啓示
1.生涯の中で七つの御悲しみのロザリオを唱える者は誰でも死の前に完全なる痛悔の聖寵を受け取るであろう。
2.七つの御悲しみのロザリオを用いて悪霊に憑かれた者のために九日間祈るのであれば、
祝せられた童貞はそれを追い払い給うであろう。
3.七つの御悲しみのロザリオは殊に危険における奇跡を得させるであろう。
4.31日間中断と注意散漫なく七つの御悲しみのロザリオを唱える事を約束する者は、
ロザリオを唱える31日目までにあなたの幼少以来認める事を怠ったかもしれない全ての罪をイエズスは赦し給うであろう。
31日目以後に犯される罪については、またあなたの責となるであろう。
またこの聖寵は告白の義務の免除とはならない。
1942年5月28日
・御聖体の前で唱える事によって全免償。
・一ヶ月間毎日唱える事によって全免償。
・煉獄中の霊魂のために火曜日と金曜日に唱える事によって全免償。
・聖母の御悲しみの御祝日である9月15日に、いずこにおいても唱える事によって全免償。
・聖金曜日にいずこにおいても唱える事によって全免償。
・いつ、いかなる時でも唱える事によって部分免償。
1734年12月12日 クレメント12世教皇聖下が与えられし免償
・告白の後に信心深く唱える事によって200年の免償。
・このロザリオを月曜日、水曜日、金曜日に唱え、かつ教会の定める祝日に告解と聖体拝領をする者に150年の免償。
1724年9月26日 ベネディクト13世教皇聖下が与えられし免償
・全「主祷文」と「天使祝詞」をまことの痛悔と罪の赦しを願い、毎金曜日、毎四旬節、聖母の御悲しみの御祝日もしくはそれから8日間以内に
唱える者に200年の免償。
それ以外の日に唱える場合、100日の免償。
各メダイにおいて玄義と「主祷文」を唱え、各小珠において「天使祝詞」を唱えます。
第一玄義:「この一連を捧げて、聖母がシメオンよりの預言を受け給いし時の御悲しみを黙想し奉らん。」
「主祷文」一回、「天使祝詞」七回を唱えます。
第二玄義:「この一連を捧げて、聖母が御子を伴いてエジプトへ逃れ給いし時の御悲しみを黙想し奉らん。」
「主祷文」一回、「天使祝詞」七回を唱えます。
第三玄義:「この一連を捧げて、聖母が御子を三日間探し求め給いたる時の御悲しみを黙想し奉らん。」
「主祷文」一回、「天使祝詞」七回を唱えます。
第四玄義:「この一連を捧げて、聖母が十字架をにない給いし御子にあいし時の御悲しみを黙想し奉らん。」
「主祷文」一回、「天使祝詞」七回を唱えます。
第五玄義:「この一連を捧げて、聖母が十字架の下に立ち給いし時の御悲しみを黙想し奉らん。」
「主祷文」一回、「天使祝詞」七回を唱えます。
第六玄義:「この一連を捧げて、聖母が十字架より下ろされし御子を御腕に抱き給いし時の御悲しみを黙想し奉らん。」
「主祷文」一回、「天使祝詞」七回を唱えます。
第七玄義:「この一連を捧げて、聖母が御子の御遺骸を御墓に運び給いし時の御悲しみを黙想し奉らん。」
「主祷文」一回、「天使祝詞」七回を唱えます。
しめくくりに聖母の御涙に光栄を帰し奉るために「天使祝詞」を三回唱え、次の祈願を行います。
「めでたし苦しみ充ち満てるマリア、十字架につけられし御者は御身と共に在す。御身は女の中にて悲しみを極めさせ給い、
また御胎内の御子イエズスも悲しみを極めさせ給いき。
十字架につけられし御者の御母なるマリア、御身の御子を磔し我らにも共に涙を流さしめ、我らのために今も臨終の時も祈り給え。 アーメン。」
Nihil Obstat and Imprimatur, 1958
教会認可
・「臨終において御悲しみの聖母の御名のもとに祝せられた童貞マリアを呼び求め奉るならば、
全ての罪に対するまことの痛悔の聖寵が与えられるであろう。」
・「この信心を記憶する者は全て彼らの苦難においてイエズスが保護するであろう。
殊に臨終において特別なる保護があるであろう。」
・「イエズスは彼らの精神に御受難の記憶を刻み込み、またそれは天のための報いとなるであろう。」
・「主はマリアの御手にその敬虔なる依頼者達を委ぬるであろう。
かくしてマリアはその霊魂達のために望まれる惜しみなき聖寵を得させ給うであろう。」
これらの大いなる御恵みの他に、フェーバー神父はマリアの御悲しみへの信心より得られる他の例を挙げます。
・この信心は、大いなる内的聖性との注視すべき関連を有す。
・これは世俗的歓喜の虚しきを明らかにす。
世俗的なるものは、祝せられた御母の御悲しみに確立されるもの以上に霊魂を攻め込む事が難しい事を見出す。
俗世はこの信心の中に、何も融合する事が出来ぬ。
・これはイエズスとマリアが感ぜられた、罪に対する御悲しみの終わりなき共有を我らに与える。
・これは我らの霊魂に十字架の精神を伝え、聖なる天主の御旨に己を委ねて苦しみに耐える力を与える。
・この信心は、イエズスのいと尊き御血に全く覆われており、直接的に我らを、我らの救い主の御心の深みへと導く。
1.至高なるカルワリオの犠牲の価値によって、霊魂の真価を知らしむる事。
2.福音宣教、生命の使命に対する義務、及び罪人らのための祈祷。
3.天主との一致の生活において常に祈る事。
イエズスとマリアの御心に似し心を持つものは誰でも救霊のために働くであろうからである。
我々が罪を犯す際に、聖母に向って悲しみを持っているならば、聖母は御自身の幼子を約二千年前に見守り給いしが如くに、確かにまさに我らの御母、我らの霊的御母なる彼女は我々を見守り給うでしょう。
我々がイエズスの御受難を思い奉り、その信心を彼に捧げ奉り我らの罪を嘆く事がイエズスの御望みです。
また公教会が我らの罪を取り除かれる事も御望みであられ、それによって我々は主の御受難を思い奉るうちに
マリアへの同情を思い奉ります。
「ああ御悲しみの御母よ、聖なるシメオンの預言によりて、かつ御身、ああ聖ヨゼフよ、御身の浄配に関わる御心を苦しめし疑いの
第一の御悲しみによりて、イエズスの聖心にわがためにとりなし給いて、我のこいねがい奉る恩寵を得させ給え。」
(ここで請願します)
「主祈文」「天使祝詞」「栄唱」を各一回唱えます。
「ああ御悲しみの御母よ、エジプトへの避難によりて、かつ御身、ああ聖ヨゼフよ、御子イエズスの御誕生の貧しさにおけし第二の御悲しみによりて、
イエズスの聖心にわがためにとりなし給いて、我のこいねがい奉る恩寵を得させ給え。」
(ここで請願します)
「主祈文」「天使祝詞」「栄唱」を各一回唱えます。
「ああ御悲しみの御母よ、御身のイエズスとカルワリオの途上にて出会い給いしによりて、かつ御身、ああ聖ヨゼフよ、聖なるシメオンの預言におけし
第三の御悲しみによりて、イエズスの聖心にわがためにとりなし給いて、我のこいねがい奉る恩寵を得させ給え。」
(ここで請願します)
「主祈文」「天使祝詞」「栄唱」を各一回唱えます。
「ああ御悲しみの御母よ、イエズスを見失い給いしによるにおけし第四の御悲しみによりて、かつ御身、ああ聖ヨゼフよ、
イエズスの聖心にわがためにとりなし給いて、我のこいねがい奉る恩寵を得させ給え。」
(ここで請願します)
「主祈文」「天使祝詞」「栄唱」を各一回唱えます。
「ああ御悲しみの御母よ、御身のイエズスとカルワリオの山上にて息絶えし御子の下に立ち給いしによりて、かつ御身、ああ聖ヨゼフよ、
エジプトへの逃避におけし第五の御悲しみによりて、イエズスの聖心にわがためにとりなし給いて、我のこいねがい奉る恩寵を得させ給え。」
(ここで請願します)
「主祈文」「天使祝詞」「栄唱」を各一回唱えます。
「ああ御悲しみの御母よ、御身のイエズスの御腕に横たわり給いしによりて、かつ御身、ああ聖ヨゼフよ、ユデアを未だ統治せし
暴君への恐れにおけし第六の御悲しみによりて、イエズスの聖心にわがためにとりなし給いて、我のこいねがい奉る恩寵を得させ給え。」
(ここで請願します)
「主祈文」「天使祝詞」「栄唱」を各一回唱えます。
「ああ御悲しみの御母よ、イエズスの御葬りによりて、かつ御身、ああ聖ヨゼフよ、御子イエズスを見失いし三日間におけし第七の御悲しみによりて、
イエズスの聖心にわがためにとりなし給いて、我のこいねがい奉る恩寵を得させ給え。」
(ここで請願します)
「主祈文」「天使祝詞」「栄唱」を各一回唱えます。
「ああ主にして救世主、イエズス・キリストよ、我らへりくだりて御身にこいねがい奉る。
御身の聖十字架と御受難によりて、御身の御死去と栄えある御復活によりて、我らと全ての貧しき罪人に慈悲深く在し給え。」
「ああイエズスよ、我らを憐れみ給え。」
「我らの信徳を強め、望徳を増し、天主と隣人への愛徳において我らを完徳ならしめ給い、かくして今生においてまことの義なる唯一の御身に
仕え奉り、天つ御国においては永遠に御身を賛美しほめたたえ奉らんことを。」
クレメンス12世教皇聖下の聖なる会衆への免償の布告によりて1736年2月4日、またベネディクト15世教皇聖下の1757年7月14日の
他の布告によりて、全ての信心深き者が告解と聖体拝領の後に、彼らの精神に呼び起こしむるために至聖なるマリアの御悲しみに
光栄を帰し奉るために、そのチャプレット、もしくはこの信心業に適応されし他の祈祷によりて一時間の祈祷を行うならば一年に一度、
全免償。
1785年7月8日のピオ6世教皇聖下は祝せられし御記念によりて、この免償を新たになし、これを永遠なる堅固なるものとされた。
ピオ12世教皇聖下によりて1815年12月1日に全ての信心深き者の信心を至聖なるマリアの御悲しみと、
御子イエズスの御受難に謝し奉る追憶のうちに更に起しむるために与えられた。
T.一日に一度七回の「天使祝詞」をこの文と各共に心中において痛悔して唱える者に300日の免償。
「聖なる御母よ、我を貫き給うによりて、わが心中における磔にせられし救い主の各御傷を新たになし給え。」
「Sancta Mater istud agas,Crucifixi fige
plagas Cordi meo valide.」
みじめさにありし至聖なるマリアに慰めを増し与えんと努むる信心深き者が、それに従事するためにピオ7世教皇聖下は
二つの勅書によって記念する長官を通じて、1815年2月25日、3月21日に教皇聖下代理なる枢機卿猊下なる長官の保持せられ
与えられしもの。
T.聖金曜日の三時から聖土曜日の正午までに(聖なる公教会がイエズス・キリストの御復活を喜ぶ事を信心深き者達に促す時間)
公的、あるいは私的に一時間、もしくは少なくとも半時、至聖なるマリアのみじめさにおいて光栄を帰し奉るうちに
彼女の七つの御悲しみを黙想し奉りて御悲しみのチャプレットを唱える、もしくは彼女のみじめさに関わる他の祈祷を持つならば
全免償。
この免償は告解と聖体拝領によって、彼らが過ぎ越しの祝いにして聖体拝領の教訓を満たす場合である。
U.他の金曜日から日曜日の夜明けまでの間にこの信心を行う場合、300日の免償。
V.毎月毎週においてこれを行い、この信心の最後の時期に一度告解と聖体拝領に行く全ての者は全免償。
これらの全ての免償は同ピオ教皇聖下の聖なる会衆の免償によって1822年6月18日に確認された。
ピオ12世教皇聖下の1847年12月23日の免償の聖なる会衆に対する布告において、全ての信心深き者が痛悔の心をもって
次のみじめさにありし至聖なる童貞への祈祷に従って唱える毎に100日の免償を与えられた。
「めでたし苦しみ充ち満てるマリア、十字架につけられし御者は御身と共に在す。
御身は女の中にて悲しみを極めさせ給い、また御胎内の御子イエズスも悲しみを極めさせ給いき。
十字架につけられし御者の御母なるマリア、御身の御子を磔し我らにも共に涙を流さしめ、我らのために今も臨終の時も祈り給え。 アーメン。」
「Ave Maria doloribus plena, Crucifixus tecum: lacrymabilis te in mulieribus, et lacrymabilis fructus ventris tui, Jesus. Sancta Maria, Mater Crucifixi: lacrymas impertire nobis crucifixoribus Filii tui, nunc et in hora mortis nostrae. Amen.」
信心深き者が、祝せられた童貞マリアの御悲しみに光栄を帰し奉るうちに、聖金曜日の正午から三時の間に
何らかの信心深き黙想、もしくはいくらかの公的祈祷、あるいは私的祈祷によって時間を過ごす者は、通常の条件下で全免償。
年間の他の時に、金曜日の正午から午後三時の間と日曜日の正午に、この何らかの信心深き修練を行う者は5年の免償。
この信心深き修練は各週において、月に一度通常の条件下で全免償。
(1931年7月16日聖座認可)
信心深き者が、祝せられた童貞マリアの御悲しみに光栄を帰し奉るうちに九日間祈祷を行うならば、
年間のいかなる時の間でも5年の免償。
九日間祈祷の終わりに、通常の条件下で全免償。
(1849年1月3日教皇ピオ9世認可)
信心深き者が、九月の間に祝せられた童貞マリアの御悲しみに光栄を帰し奉るうちに信心業を行うならば、5年の免償。
月末までこの信心を日々保つならば、通常の条件下で全免償。
(1857年4月3日聖座認可)
信心深き者が、祝せられた童貞マリアの御悲しみの祝日の前の七回の金曜日に「主祷文」、「天使祝詞」、「栄唱」を
各七回唱えるならば、7年の免償。
通常の条件下で全免償。
(1918年3月22日認可)
「ああ、イエズスの十字架のかたわらに立ち給いし御悲しみの聖母よ、わが最後の苦悶においてわがかたわらに在し給え。
御身の母的御心に、我わが生涯の最後の三時間を御身に委ね奉る。
我らのいとも親愛なる主の御苦悶との一致のうちに、これらの時を御父に捧げ給え。
わが罪に対する償いのうちに、イエズスのいと尊き御血を御身のカルワリオにおけし御涙と併せて永遠なる御父にしばしば捧げ給いて、
わがためにわが死の前にいとも全き愛と痛悔もて聖体を拝領し奉る聖寵、かつイエズスの御現存のうちにわが霊魂がそれより
息づかん事を得させ給え。
いとも親愛なる御母よ、わが臨終の時に来り給いて、御身の子として我をイエズスに贈り給いてわがために"御子よ、彼を赦し給え。
彼は何を為したるを知らざれば、今日彼を御国に受け入れ給え"と彼に語り給え。」
「ああ至聖なる御悲しみの御母よ、イエズスの三時間の御苦悶の間の、十字架の御足元に耐え忍び給いし、
御身の御霊魂を貫きし苦難によりて、いみじくもわが苦悶において、御身の悲しみの子なる我をも
助け給い、かくして御身のとりなしによりて、わが死の床より楽園にありし御身の祝せられたる群れに
相応しく至る道を見出さんことを。」
(先)急死、及び備えなき死より
▲ああ主よ、我を救い給え。
(先)悪魔のわなより
▲ああ主よ、我を救い給え。
(先)永久の死より
▲ああ主よ、我を救い給え。
祈願
「ああ人類の救霊がために、御子のいと苦き死において我らのために手本とより所とを備え給いし天主、
臨終における我らの最終の危うきにおいて、彼の大いなる御愛の結実を得るをふさわしく
見出させ給わん事を、かつ我らの救世主の御栄えに与らしめ給わん事を、御身にこいねがい奉る。
同じく我らの主キリストによりて願い奉る。アーメン。」
アルスの主任司祭聖ヴィアンネは、特別なる求めにおいて、マリアの御手より永遠の御父に対し、
御傷と御血でもって全く覆われし御子を捧げ奉る事は、いと特別なる御恵みを確実に得させる手段であると言いました。
祈願
「ああマリア、御悲しみの御母よ、御身の御子の御死去において、御身の耐えられし言い表し難き責め苦によりて、
我御身にこいねがい奉る。
我に代わりて永遠の御父に、御傷と御血でもって全く覆われし至愛なる御子を、この御恵みのために捧げ給わんことを。
(ここで願う)アーメン。」
「我御身をあわれみ奉らん、ああいと悲しみに満てる御母よ。
神殿におきてシメオンが、御身の至愛なる天主の御子の不名誉なる御死去とみじめさと、御身が定められしその日に目撃者となるを預言せし時、
悲しみの剣もて御身の御心は刺し貫かれたり。
御身の御悲しみに満てし御心の大いなる御苦悶によりて、ああ公たる恵み深き元后よ、生と死とにおいてわが精神に
イエズスの聖なる御受難を記し、御自らの御悲しみを照らし給え。 アーメン。」
「我らの天主なる主よ、御身の御子が十字架に高く掲げられし時、御身は彼の御母にかたわらに立ちて御苦しみを分かつ強さを与え給いたれば、
御身の公教会がキリストの御受難を彼女と共に分かち、彼のよみがえりし生命の栄光と一つになるを得しめ給え。
我らはこれを、唯一の天主、御身と聖霊と共に世々に生き、かつしろしめし給う御子なる我らの主イエズス・キリストによりて願い奉る。アーメン。」
「シメオンの預言によりて御心を貫かれし甘美なる御母マリア、御身の御悲しみを記念し、いとも愛する我らに、
御身の御保護の幸いなる卓効を得させ給え。アーメン。」
Nihil Obstat
Imprimatur 教会認可
福者ヘンリー・スソーは、御悲しみの聖母にやさしい情けを持つ事を大切にし、しばしば御悲しみを黙想し奉りましたが、ある日聖母の御唇より、
素晴らしき啓示を受けました。
「とりわけ、人々の心によってこれまで耐えられた全ての悲しみは、十字架の御足元にありし時に、わが母なる心が耐えた悲しみと苦悶と
比べるならば、大海の一滴であると考えて下さい。」
祈り
「永遠の御父よ、われらはイエズス・キリストの御血、御受難と御死去とを、いと聖なるマリアと聖ヨゼフの御悲しみとを、
われらの罪のつぐのいと、煉獄の聖なる霊魂の助けのうちに、そして聖なる母教会の要するものがため、罪人の回心のために、
御身に捧げ奉る。
いとも悲しみに満てる童貞、我らの為に祈り給え。」
祝せられた童貞マリアは、尊者アグレダのマリアに、臨終にありし者の大いなる苦しみと危難の為に、
よく祈るようにと言われた。
永久の滅びより救霊(たすかり)を得るために、わずかな時しか持たない、最後の苦悶にある罪人達、
そして聖なる生活に身を捧げし実りを失わざる為の、最後の戦いを為す霊魂である。
地獄の猛威と欺き、犯した諸罪の記憶、恩寵の状態にあるかの不確かさ、知る事の出来ぬ未来への恐れが、
霊魂に望みを失わせ、苦しめる為に一緒になってやって来るのである。
しかし、それまで天主の御母、殊に聖母の御悲しみに対して信心を捧げてきた者は、
決して見棄てられる事がないのである。
マリアは、数限りなき霊魂を地獄より、最後の瞬間にさえ、救われてきたのである。
敬虔な伝えによると、聖母マリアは、御子イエズスの御受難の当時、抵抗の出来ない力に引かれて、御子の苦しんでいられる場所へ、
足を運ばれたということである。
御子が捕えられたと聞くと、聖書や、御子の御話しによって既に知っておられた、御子の身に起こる出来事に、
御自分も立ち会うことを欲せられた。
それで、聖母は自ら法廷に臨んで、御子の受けられた筈刑(ちけい)の始終を目撃し、心痛の涙を流されたのであった。
こうして御子は貴い御血を、御母は貴い涙を、我らの為に捧げられ給うたのである。
肉の罪!これを御子と御母が、この筈刑(ちけい)において、贖い給うたのである。
御子の流す御血と御母の流す御涙。
この二つはその昔、人類の肉の罪を滅ぼした大洪水よりも、はるかに大きく、強い霊的力を持つのであるが、我々にもまた、
協力を要求するのである。
聖人たちはこれを悟って、イエズスの御ちと、聖母の御涙に、自分らの血と涙を捧げるのである。
種々の道具でわが身を打ち、厳しく責めて血を流しつつ、自分の罪と、人々の罪の為に、痛悔の涙を捧げた聖人が澤山ある。
聖人伝を読んで、彼らの苦行ぶりを見る信者たる者、深く慙愧(ざんき)せねばなるまい。
「天の国は、努力する者がこれを取る」、そこへ到達するためには、よろしく肉欲を制御するべきである。
悪傾向は、蹂躙(じゅうりん)すべきである。
イエズスを鞭打った者にならって、わが身をこらすべきである。
キリスト信者よ、鞭打たれ給うたイエズスの御前に、聖人たちに倣って、わが身を鞭打って、血を流さなくても、
食欲性欲からの罪を悔やんで、その御赦しを願い、みだりにこれに引き回されないよう、却ってこれらを、理性と神の掟、
また各自の立場に従って正しく指導し、必要な克服、努力を惜しまないことを、決心しようではないか。
祈願
ああマリアよ、御身の清き御涙と、御子の貴き御血によって、わが肉身を清く、わが霊魂を聖くし給え。
我らの肉体に課せられたる寒暑・食物の不足とまずさ・病苦・労働などを忍耐して受けるだけでなく、なお適当な制欲によって、
犯せし肉の罪を償い、わが肉欲の制御に努め、もって正しく理性の道をたどり、福音の掟と、己(おの)が天職に忠実なるを
得させ給え。アーメン。
<御悲しみの聖母の小さき冠>
このチャプレットは、「御悲しみの聖母よ、我らのために祈り給え」のメダイと、一つの小珠、
環状部分は一連が一つの大珠と三つの小珠からなる三連によって構成されています。
もし専用のチャプレットを御持ちでなければ、一般のロザリオを数を調節されながら用いられて構いません。
始めに(メダイで)次の祈りを唱えます。
「全ての童貞のうちにいとも祝せられし童貞女、わが浅薄なる請願を聴き容れ給いて、
御身の御神威(おんみいつ)の御悲しみを我にも分かち給え。」
第一連は、我らの主の十字架上での御死苦をしのび給いし御母の御悲しみへの償いの意向をもって唱えます。
大珠で祈ります。
「ああ、道行く御身を見奉るに、わが憂いの如き悲しみあれば、御身を全く解するを得ん。」
各小珠で「天使祝詞」を祈ります。
第二連では、御母の耐え給いし冒辱への償いの意向をもって祈ります。
大珠で祈ります。
「ああ、道行く御身を見奉るに、わが憂いの如き悲しみあれば、御身を全く解するを得ん。」
各小珠で「天使祝詞」を祈ります。
第三連では、世人の罪によりて引き起こされし惨めさへの聖母の御悲しみに対する償いの意向をもって祈ります。
大珠で祈ります。
「ああ、道行く御身を見奉るに、わが憂いの如き悲しみあれば、御身を全く解するを得ん。」
各小珠で「天使祝詞」を祈ります。
このチャプレットのしめくくりに、次の祈りを唱えます。
「ああ童貞マリアよ、御身は御悲しみと涙とに満てり。御子にして我らの救世主の十字架にたたずみ給えり。」
祈願
「ああ御母よ、我が御悲しみと御愛へと導かれんよう、御心の御傷をわが心にも刻み給え。
御身に対する一切の悲しみに耐えるために悲しみ、御身への愛をことごとく軽んずるに対し、愛せしめ給え。アーメン。」
<御悲しみの聖母に捧ぐチャプレット>
このチャプレットは、一般のロザリオを数を調節しながら用います。
最初の大珠で、次の祈りを唱えます。
「御悲しみの御母よ、今日 争乱、経済的混乱 不正 搾取にて
命を落とす者、殊に子供たちの為に 我ら祈り奉らん。
彼らに及ぶ苦悶、失意、暴力への恐れに 彼らを備えさせ、
彼らの息づく 苦き杯を深く飲み干す時、
彼らを慰め、御身の傷つき給いし御心の
ふところに彼らをいだき給え。
彼らの涙を拭い、恐れを鎮め、平安と安けきに彼らを受け容れ給え。
彼らに永遠の安息を与え、絶えざる光を彼らの上に照らし給え。アーメン。」
各小珠で、次の祈りを唱えます。
「聖なるマリア、天主の御母よ、
助けなき者を助け、恐るる者を強め、悲しめる者を慰め、
貧しき者に公正を、よろずの国に平安をもたらし給え。」
各連のしめくくりに、次の祈りを唱えます。
「ああ 御母の御胎内より 我らに喜びと祝福を賜いし御者
天主なるキリスト、栄光の主よ、我らをあわれみ、救い給え。」
このチャプレットのしめくくりに、「マグニフィカト」と、「大天使聖ミカエルへの祈り」と「主祷文」を唱えます。
(マグニフィカト)
「わが霊魂は主を崇め奉り、
わが精神はわが救い主なる天主によりて 喜びに堪えず。
そは御召使いのいやしきを 顧み給いたればなり。
見よ、今よりよろず世に至るまで、人 我を幸いなる者ととなえん。
けだし全能にまします御者、
我に大事をなし給いたればなり。
聖なるかな、その御名。
その御あわれみは、世々これを畏(おそ)るる人々の上にあり。
自ら御腕の権能を現わし、
おのが心の思いにおごれる人々を打ち散らし、
権力ある者をその座よりおろし、いやしき者をば高め、
飢えたる者を佳(よ)き物に飽かせ、
富める者をば手を空(むな)しうして去らしめ給えり。
御あわれみを忘れず、そのしもべイスラエルを引き受け給い、
我らの先祖に宣(のたま)いし如く、そをアブラハムにも、
その子孫にも世々に限りなく及ぼし給わん。」
(大天使聖ミカエルへの祈願)
「大天使聖ミカエル、戦いにおいて我らを守り、悪魔の凶悪なるはかりごとに勝たしめ給え。
天主の彼を治め給わんことを伏して願い奉る。
ああ天軍の総帥、霊魂をそこなわんとてこの世を徘徊するサタン及びその他の悪魔を、
天主の御力によりて地獄に閉じ込め給え。アーメン。」
<天主の御母の七つの御悲しみのチャプレットU>
このチャプレットは、御悲しみの聖母のメダイと、環状部分は七つの小珠によって構成されています。
もし専用のチャプレットを御持ちでなければ、一般のロザリオを数を調節されながら用いられて構わないと思います。
第一の小珠で祈ります。
1.シメオンの預言
「我が羨望の誘惑を克服する為 天主の御旨に委ねる賜物を祈らん。」
「主祷文」
「天使祝詞」
「栄唱」
「七つの御悲しみの聖母▲我らの為に祈り給え
絶えざる御助けの聖母▲我らの為に祈り給え
御悲しみの御心なる御母▲我らの為に祈り給え
マリアの汚れなき御心▲我らの為に祈り給え
奇しき薔薇のマリア▲我らの為に祈り給え
天主の みあらか▲我らの為に祈り給え
平和の元后▲我らの為に祈り給え
グアダルーペの聖母▲我らの為に祈り給え
ファティマの聖母▲我らの為に祈り給え
あわれみの元后▲我らの為に祈り給え
御聖体の聖母▲我らの為に祈り給え。」
第二の小珠で祈ります。
2.エジプトへの避難
「我が怒りの誘惑を克服する為 生命を敬う賜物を祈らん。」
「主祷文」
「天使祝詞」
「栄唱」
「七つの御悲しみの聖母▲我らの為に祈り給え
絶えざる御助けの聖母▲我らの為に祈り給え
御悲しみの御心なる御母▲我らの為に祈り給え
マリアの汚れなき御心▲我らの為に祈り給え
奇しき薔薇のマリア▲我らの為に祈り給え
天主の みあらか▲我らの為に祈り給え
平和の元后▲我らの為に祈り給え
グアダルーペの聖母▲我らの為に祈り給え
ファティマの聖母▲我らの為に祈り給え
あわれみの元后▲我らの為に祈り給え
御聖体の聖母▲我らの為に祈り給え。」
第三の小珠で祈ります。
3.イエズスは神殿におられ、御子を見失う
「我が驕りの誘惑を克服する為 服従の賜物を祈らん。」
「主祷文」
「天使祝詞」
「栄唱」
「七つの御悲しみの聖母▲我らの為に祈り給え
絶えざる御助けの聖母▲我らの為に祈り給え
御悲しみの御心なる御母▲我らの為に祈り給え
マリアの汚れなき御心▲我らの為に祈り給え
奇しき薔薇のマリア▲我らの為に祈り給え
天主の みあらか▲我らの為に祈り給え
平和の元后▲我らの為に祈り給え
グアダルーペの聖母▲我らの為に祈り給え
ファティマの聖母▲我らの為に祈り給え
あわれみの元后▲我らの為に祈り給え
御聖体の聖母▲我らの為に祈り給え。」
第四の小珠で祈ります。
4.十字架の道にてイエズス、マリアに出会う
「我が渇望の誘惑を克服する為 純潔の賜物を祈らん。」
「主祷文」
「天使祝詞」
「栄唱」
「七つの御悲しみの聖母▲我らの為に祈り給え
絶えざる御助けの聖母▲我らの為に祈り給え
御悲しみの御心なる御母▲我らの為に祈り給え
マリアの汚れなき御心▲我らの為に祈り給え
奇しき薔薇のマリア▲我らの為に祈り給え
天主の みあらか▲我らの為に祈り給え
平和の元后▲我らの為に祈り給え
グアダルーペの聖母▲我らの為に祈り給え
ファティマの聖母▲我らの為に祈り給え
あわれみの元后▲我らの為に祈り給え
御聖体の聖母▲我らの為に祈り給え。」
第五の小珠で祈ります。
5.十字架上の御死去
「我が大食の誘惑を克服する為 犠牲の賜物を祈らん。」
「主祷文」
「天使祝詞」
「栄唱」
「七つの御悲しみの聖母▲我らの為に祈り給え
絶えざる御助けの聖母▲我らの為に祈り給え
御悲しみの御心なる御母▲我らの為に祈り給え
マリアの汚れなき御心▲我らの為に祈り給え
奇しき薔薇のマリア▲我らの為に祈り給え
天主の みあらか▲我らの為に祈り給え
平和の元后▲我らの為に祈り給え
グアダルーペの聖母▲我らの為に祈り給え
ファティマの聖母▲我らの為に祈り給え
あわれみの元后▲我らの為に祈り給え
御聖体の聖母▲我らの為に祈り給え。」
第六の小珠で祈ります。
6.イエズスの御体が十字架より降ろされる
「我が怠惰の誘惑を克服する為 慈悲の賜物を祈らん。」
「主祷文」
「天使祝詞」
「栄唱」
「七つの御悲しみの聖母▲我らの為に祈り給え
絶えざる御助けの聖母▲我らの為に祈り給え
御悲しみの御心なる御母▲我らの為に祈り給え
マリアの汚れなき御心▲我らの為に祈り給え
奇しき薔薇のマリア▲我らの為に祈り給え
天主の みあらか▲我らの為に祈り給え
平和の元后▲我らの為に祈り給え
グアダルーペの聖母▲我らの為に祈り給え
ファティマの聖母▲我らの為に祈り給え
あわれみの元后▲我らの為に祈り給え
御聖体の聖母▲我らの為に祈り給え。」
第七の小珠で祈ります。
7.イエズスの御葬り
「我が貪欲の誘惑を克服する為 無欲の賜物を祈らん。」
「主祷文」
「天使祝詞」
「栄唱」
「七つの御悲しみの聖母▲我らの為に祈り給え
絶えざる御助けの聖母▲我らの為に祈り給え
御悲しみの御心なる御母▲我らの為に祈り給え
マリアの汚れなき御心▲我らの為に祈り給え
奇しき薔薇のマリア▲我らの為に祈り給え
天主の みあらか▲我らの為に祈り給え
平和の元后▲我らの為に祈り給え
グアダルーペの聖母▲我らの為に祈り給え
ファティマの聖母▲我らの為に祈り給え
あわれみの元后▲我らの為に祈り給え
御聖体の聖母▲我らの為に祈り給え。」