アンネリーズ・ミヘルの祓魔式の記録

 

1952年9月21日に旧西ドイツで生まれたアンネリーズ・ミヘルは、普通の女子学生として暮らしていました。

ところが1968年から、突如真夜中に煙の臭いを感じて目覚め、数を数えている声が聞こえるようになり、そして体が震えてコントロールが出来ない状態に陥りました。
最初に神経科では、強いてんかんの発作であると診断されましたが、幾度も悪魔の声が聞こえる事から、彼女や家族は、医師ではなく、祓魔式が必要であると判断しました。
祓魔式が認められるまでに時間がかかり、その間、冒涜の行為をしたり、衣服を破り取ったり、床に排泄し、排泄物を口にしたり、もの凄い力で暴れまわったりしました。

そこでようやく祓魔式の許可が下り、祓魔式が行われ始めましたが、一時的に普通の精神状態に戻る事はあるものの、攻撃される時には意識が完全に悪魔に乗っ取られ、憑依した六人の悪魔が彼女の口を通じて語り、時には彼女の全く知らないアラム語なども話しました。

彼女は最後には肺炎となってやつれた上に、悪魔のような顔つきとなり、祈る事さえ出来なくなりました。
悪魔が食べる事を許さないと言って物を全く食べなくなり、最後は餓死という形で、1976年7月1日に亡くなりました。

この祓魔の記録は、教会認可が出ているわけではありませんが、非常に考えさせられる所もあり、一部抜粋して掲載させて頂きたく思います。

六人の悪魔は、ルチフェル、イスカリオテのユダ、ネロ、カイン、ヒトラー、フライシュマンを名乗り、「ヒトラー」を名乗った時には、フランク語のアクセントで語った事が録音されています。

また聖母が御自ら悪魔に命じられ、ロザリオの祈り、聖顔への信心、五つの御傷への信心、神のいつくしみの御絵の重要性、下される天罰などの真理を語らせた時もあります。

<1975年10月16日>

アルト神父は悪魔に命じました。

「浄められざる霊よ、聖父と聖子と聖霊の御名によって、真理を語る事を、我は汝に命ずる。」

悪魔:「新たなる裁きの日がそこに来ている。」 

神父:「それはどのようになるものか。」

悪魔:「酷い、最後の二つのものより悪いものだ。」

神父:「どこでだ?」

悪魔:「欧州だ。」

神父:「欧州の中のどこだ。」

悪魔:「欧州の中だ。」

悪魔は怒った金切り声を上げ、そして他の主題に向かった。

それは、ロザリオの祈りが、どれほど彼(悪魔)にとって不快であるかという事でありました。
天主の御母は、アンネリーゼについて以前、これを教えられました。

 

<1975年10月16日>

天主の御母は言われました。

「審判の日は、大変、大変、大変近づいております。
あなたの隣人、親族、友人と支援者、司祭、平信徒、政治家と世人のためにますます祈りなさい。」

そして救世主もまた語られました。

「家の中に食料をたくわえておきなさい。あなたの知る皆に、これを伝えよ。」

 

<1975年10月24日>

救世主:「あなた(アンネリーズ)は、大いなる契約と償いを為すために、今なお苦しむであろう。
しかしあなたの苦しみ、悲しみ、絶望は、私と他の霊魂らを救うであろう。」

 

<1975年10月29日>

救世主:「私は、例えサタンが私に泣き叫び、近づき語りかけようとも、私は彼に応じてはならぬのである。」
(サタンはしばしば横柄であるので、自己制限を要します。)

 

<1975年10月31日>

既に預言されたこのイベントの証人となる為に、我々は10月31日に全員が集結した。
我々は天主の御助けもあり、この夕べに恐らく、この長きに渡る闘争の集結が来て、勝利するであろうと、幸いであった。
早くに私はフランクフルトのロドウィック神父を呼び、彼は我々の幸運を祈ったが、しかし彼は、例え悪魔どもが追い出された後であっても戻る事なく、全てを初めから改めてやり直すようにと警告した。

このセッションは、非常に長きものであった。
このテープの録音は、4時間半をカバーした。
それらをコピーしたレンツ神父は、アンネリーズが沈黙したセクションの数で編集した。
さもなければ、それはなお長いものになっていただろう。

このセッションの開始は、天主の御憐れみを願う為のドイツ語の祈祷文が外された。

そしてレンツ神父は、悪魔に対する働きかけから、少々異なった祈りの形式で要約した。
その祈りは、守護の天使へ、聖人方へ、煉獄の霊魂へ、「五つの聖なる御傷の連祷」であった。
彼は、天主の御母に御とりなしを懇願したように、福者バルバラ・ウェイガンド、そして導きを聖霊にこいねがった。

そして彼が、ラテン語の祈りを唱えると、アンネリーズは、水泳者が飛び込みの前に深く息を吸い込むように、深く息を吸い込み、そして
息を吐き出し、嘆息をもらすのが聞き取れた。
彼女は短い叫びを上げたが、それは若い女性叫び声で、悪魔のものではなかった。

彼女はもう一度深く息を吸い込むと、悲鳴が続いた。
「我々は去るつもりはない!」
しかしこれも再び、若い女性のものであった。

悪魔にラテン語の祈祷を同様に為し、彼女は三度目の挑みで、高い収縮、痛ましいほど声帯をかきむしる事を長く起こし、そして唐突に、悲痛なすすり泣きを始め、最高記録の再度の彼女の悲鳴によって再び遮られたが、悪魔ではなかった。
彼女はそれを止めると、早く深く呼吸し、非常に速いピッチで、最大の苦痛のように、「おおおお」と叫び、それもまた止めた。
もしこれらの現況が驚かせるものであるというならば、このテープに証拠がある。

レンツ神父はラテン語の祈りを続け、悪魔に対するドイツ語の祓魔と併せられた。
「祝せられた童貞に負けた、負けた、負けた。」
しかしその叫び「そうだ」、神父に答えたものは、再び彼女のものであった。
彼は払魔式を続行した。長いドイツ語の祈祷文が、長いラテン語の祈祷文に続けられたが、全員の悪魔からの反応は無かった。
レンツ神父は彼らに、「教えよ、お前の名前は何だ?お前は伝える事を拒むか?」と試しかけてみたが、無関心の沈黙にあった。

つづく

 

<1975年11月17日>

悪魔:「お前は祈りを止めるべきだ。」

神父:「なぜだ?」

悪魔:「それは、無駄だからだ。」

 

11月17日、月曜日に続き同じでした。
金曜日にウルズブルグでの図書館の調査より戻り、11月21日、アンネリーゼは、これまで臨機応変であったレンツ神父が、悪魔が教皇聖ピオ10世の御絵を示されるならば、悪魔は怒りに追い立てられ、かくして永遠に去るというアイディアに従うようになるかもしれないと考えている事に気づきました。

これには多少影響を与えた事が確認でき、神父はまた、聖十字架の小片や、聖教皇ピオ10世や、聖ヴィンセンシオの聖遺物を含むいくつかの小さな聖遺物をもたらしましたが、確かに、大いに悪魔は煩悶しました。

悪魔:「その汚物をどけろ、お前は呪われた犬だ。」

悪魔は叫びました。
大幅にわめいて、通常の3〜4秒のどなり声より、長く耳障りな金切り声を続けました。

 

<1975年11月23日>

レンツ神父が例えどんなに考えついても、「私はこの悩ませる鼻水と他の者を止められそうにない」と不機嫌に断言した時、

悪魔:「他の者とは何か?」

神父:「誰でもない。」

レンツ神父は他の考えを、自分の中から出す事が出来ませんでした。
しかしその後、悪魔はその場に来られた「高貴なる御母」に奉仕させられました。

神父:「他に誰かいらしゃるのか?」

神父は悪魔にせきたてました。
この質問は、他にこの場に来られた方を明らかにしました。
バルバラ・ウェイガンド、ピオ神父、アンネリーズの祖母、幾人かの亡くなった者、
(悪魔のうなり声が入る)彼女の偉大であった伯母、修院にいたある愚か者だと言いました。
そこで背後のヨゼフ、ミカエルの声が、首尾よく彼の伯母の名前を伝えました。

神父:「聖ヨゼフはいらっしゃるか?」

悪魔:「ああ、いる。」

神父:「守護の天使達方もいらっしゃるか?」

悪魔:「ああ、そうだ。」

と、うなり、叫び、更に古典的あまり優れていない洒落を加えました。

悪魔:「この中に群集は入り切らないだろう。」

レンツ神父は大変感謝し、また一対の大天使も得て、天つ御国の代表者方の御関心に感謝し奉るために、皆で主祷文を唱えようとして、「天にまします」に入った時、悪魔はしゃがれた声でささやきながら、それとなく言いました。

悪魔:「我々も代表者だ。」

自身が聖なる御方らによって不機嫌にされているように、同じく彼らを不機嫌にさせようと、悪魔は少々の啓示の奉仕をしました。

悪魔:「世人に教えろ。」

神父:「何の事か?」

悪魔:「立ちながら聖体を拝領するのだ。」

神父:「他にあるか?」

悪魔:「手で聖体を拝領するのだ。」

神父「他にあるか?」

悪魔:「それで終わりだ。」

神父:「誰に益するのだ?」
 
悪魔は冷ややかに吐き捨てました。

悪魔:「我々のだ。」

 

 

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